大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)171号 判決

控訴人 日本梱包運輸倉庫株式会社

右代表者代表取締役 黒岩恒雄

控訴人 早川一男

右両名訴訟代理人弁護士 小竹耕

被控訴人 上林文登

右訴訟代理人弁護士 雪人益見

同 門井節夫

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人両名は、各自被控訴人に対し、金九〇七、四七七円及びこれに対する昭和四六年一一月一〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人両名の連帯負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

控訴人らは、「原判決のうち控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人ら)

一  仮に控訴人早川に過失があったとしても、本件笹子有料トンネルは産業道路として自動車の往来を主たる目的として建設されたものであり、大型自動車の通過することは被控訴人も認識していたものと言うべきであるから、かかる狭いトンネルを元来サイクリングしていたならば、自ら自動車をさけるため操縦を誤り眼下の路肩に自転車の車輪を落すかもしれないので、これを未然に防止するため、自転車をひいて歩行するか、自転車を停車させて自動車の安全に通過するのを待つなどの措置をとるべきであるのにこれを怠たり、控訴人早川が警音器を二度も吹鳴しているにもかかわらず心もち自転車をトンネル壁側へ寄せただけで、漫然とサイクリングを続けた結果、慌てて自ら運転を誤り自転車の前輪を左側の路肩にはめてハンドルをとられ自動車道と自転車道を分離する白線上に頭を西方に向け横向きで転倒するに至ったものである。その被控訴人の過失は極めて大であり、本件損害賠償額の認定に大きく斟酌されるべきである。

二  ≪証拠関係省略≫

(被控訴人)

本件事故発生につき被控訴人に過失があったとの右控訴人らの主張を争う。控訴人早川が被控訴人の自転車を追い越そうとする前に警音器を吹鳴したことは認めるが、本件トンネルの両端には自転車及び歩行者の進行路として白線が引かれており、この白線内を自転車が進行することは何ら責められるものではない。むしろこれを追い越す自動車の方で、これとの接触等による事故を未然に防止すべき注意義務があることは当然のことである。

理由

一  当裁判所は、控訴人両名において被控訴人に対し、不真正連帯の関係で各自金九〇万七四七七円及びこれに対する昭和四六年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払うべき義務があり、被控訴人の請求はその限度で正当であり、これを超える部分は失当であると判断するが、その理由は、次に附加訂正するほか、原判決の理由中本件被控訴人と控訴人ら間の関係部分(原判決書二五枚目表初行から三三枚目裏末行まで及び四三枚目表五行目から四四枚目裏七行目まで、ならびに四七枚目表初行から五四枚目表四行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決書二五枚目裏八行目中「ならびに」の下に「いずれも原審及び当審における」を、二六枚目表六行目中「若干傾斜し」の下に「(深さは傾斜した最深部で七ないし一〇センチメートル)側溝を兼ね」を加え、同行中の「その路肩端」以降八行目中の「された」までを削り、同裏九行目中「中央線を若干越えて」を「車両の右側端がほぼ道路中央線上に達する程度に位置して」に改め、二七枚目表五行目中「ので、」の下に「とくに危険を感じたわけではないが」を、七行目中「供述」の下に「部分」を、同行中「があるが、」の下に「同人の他の供述部分ならびに」を加え、一〇行目から一一行目にかけて「さらに右に若干転把して中央線を越えて」を「そのほかに特段の措置をとることなくそのまま」に改め、同裏三行目中「発見した」の下に「ときに被控訴人が走行していた」を加え、七行目中「一七メートル進行した後」を「三〇メートル以上進行した地点で」に、二八枚目表四行目中の「外側線付近上」以降七行目中の「れる。)」までの記載を「路肩から二五センチメートル位内側に寄った附近」に改め、九行目中「とき」の下に「トンネル内で反響音の大きい被告車の」を、同行中「吹鳴」の下に「とその走行の震動音と」を、同行中「自動車が」の下に「身近に」を、一〇行目中「感知し」の下に「かつ恐怖を覚え」を、同裏二行目中「危険を感じ、」の下に「極力左側に寄ろうとした」を加える。

(二)  原判決書二九枚目表二行目中「距離」を「間隔」に、九行目中「どの程度中央線を越えていたか」を「中央線を基準にしてどの程度の位置を走行していたか」に改め、一〇行目中「尋問の結果」の下に「(原審及び当審)」を、末行中「センチメートルである」の下に「とか六、七〇センチメートルである」を、三〇枚目裏五行目中「出さなかったこと」の下に「、更に現実に右追い越しをしつつあるときに対向車線上に対向車があってそれとすれ違ったこと」を加え、三一枚目表七行目中「被告車」の下に「は原告車を発見後も警音器吹鳴のほかには特段の措置をとることなく進行し、たとい被告車」を加え、八行目中「多くとも約四〇センチメートルを越えない」を「極く僅かな」に、末行中「距離」を「間隔」に、同裏二行目中「外側線」を「路肩」に、同行中「三」を「三・二五」に、四行目から五行目にかけて「約四〇センチメートル」を「僅かに」に、六行目中「外側線」を「路肩」に、同行中「距離」を「間隔」に、同行中「九〇センチメートル以下」を「七五センチメートル前後ないし超えても僅かにそれを上まわる程度」に改め、七行目中「原告車」の下に「のタイヤ」を加え、同行中「外側線」を「路肩から二五センチメートルの範囲内」に改め、八行目中「ていたから」から九行目から一〇行目にかけて「の約半分すなわち約二一センチメートルが外側線から中央線側にあったことになる。」までを、「原告車のハンドルの幅は約四二センチメートルであった。」に改め、末行中「幅」の下に「(約六〇センチメートル)」を加え、三二枚目表初行中「発生時」を「直前」に、同行中「距離」を「間隔」に、同行中「六〇」を「四〇」に、二行目中「以下」を「前後ないし四〇センチメートル以上の場合でも僅かにそれを上まわる程度」に改め、三行目中「尋問の結果」の下に「(原審及び当審)」を、同裏四行目中「並進したとき、」の下に「自動車の速力による風圧、震動、過度の精神的緊張などによって」を、三三枚目表四行目中「ものではない。」の下に「また、当審における証人坂本茂美の証言中には右認定に反する部分があるが、同証言はそもそも同証人が事故当時原告車に乗っていた車内の位置についてすらすでに控訴人早川の原・当審における供述とも相違し、すべて信を措くに値するものではない。」を加える。

(三)  原判決書三三枚目表八行目中「追い越すに当っては、」の下に「直接自己の側から自動車を衝突させないまでも、自動車の速力による風圧、震動、被控訴人の過度の精神的緊張などにより、被控訴人が運転姿勢の平衡を失った場合には、反対側(外側)にトンネルのコンクリート側壁が迫っているので、被控訴人が内側に倒れかかって来て、そのために被告車と接触することがあり得ることに思いを至し、この場合控訴人早川としては、被控訴人運転の」を加え、九行目中「距離」を「間隔」に改め、同行中「徐行」の下に「しながら安全を確認しつつ追い越しを」を、末行中「追い越すに際し、」の下に「不用意に反響音の大きいトンネル内での警音器吹鳴をなし、被控訴人を畏怖させつつ」を加える。

(四)  原判決書五三枚目表九行目から一〇行目にかけて「を下らない。」を「が相当である。」に改め、同裏三行目の次に「(一〇) 過失相殺 被控訴人は、本件事故当時、トンネル内道路の両側には自転車及び歩行者の進行路として白線が引かれていたことを前提として、原告車が終始その線内を進行し或いは同所に所在する限り被控訴人には何らの過失もないと主張し、成程原審裁判所が昭和四七年一一月八日に検証を実施した当時本件道路の両側には被控訴人主張のとおり白線が引かれていることが明らかであるが、前掲甲九号証である昭和四五年一一月二五日作成日付の実況見分調書添付の交通事故現場見取図中には右白線は顕示されておらずその他本件すべての証拠に徴するも右白線(いわゆる外側線)が本件事故当時引かれていたと認めるに足る証拠はなく、むしろ右現存の白線は、その位置が右検証の結果によれば側溝の幅を含めて側壁から五〇センチメートル間隔となっている点に徴すれば、現行の道路交通法二条一項三の四号に定める路側帯の標示であると認められるところ、右路側帯は本件事故発生後である昭和四六年六月二日公布の法律第九八号道路交通法の一部を改正する法律(施行期日は同年一二月一日)によって採用されるに至ったものであるから、このことに徴しても被控訴人主張の右白線の標示は本件事故当時は存在しなかったものと推認される。したがって当時右白線による道路標示があったことを前提とする被控訴人の前記主張は、当を得ているとは言えない。さりとて、本件において控訴人らが主張する如く被控訴人が原告車(自転車)で進行中に後から追いぬこうとする被告車(大型自動車)を安全にやりすごすために、自転車から降りたり、自転車の運転を一旦停止して待避したりしなければならないような注意義務があったとすることにも左袒することはできず、この場合、先行車を追い越そうとする後行の車両側に安全に追い越しをなすべき注意義務があると解すべきであることは前示のとおりである。しかし、前示認定の事実関係のもとにおいて、被控訴人としては追い越しをかけてきた被告車に接触することの危険性を感じ、出来る限り左側端に寄らざるを得ないように余儀なくされたことは、通常人として責められるべき点はないと言わなければならないが、そうであっても、なお客観的には僅少とは言え被告車との間に約四〇センチメートル前後程度の間隔があいていたのであるから、サイクリング専用車を駆って遠距離のサイクリング旅行を計画実行する能力のあった被控訴人(この点は同人の原審における供述による)としては、よく危険の恐怖に耐え身心の緊張をやわらげて巧みに運転すれば自車の車輪を路肩に落すことなく、したがって転倒せずに無事に危機を脱する余地が全くなかったわけではないので、このように被控訴人をして極く限られた運転の余地しかないように追いつめた控訴人早川の側に事故発生の大半の責任があることは言うまでもないものの、右のように自転車の車輪を路肩に落した点で被控訴人自身にも自転車の運転についての精神上及び技術上の落度が全く無かったとは言い切れず、その運転上の過失が事故発生に寄与した割合は、一〇分の二程度であると認めるのが相当である。そうすると、被控訴人は前述のとおり一応合計一、五六六、一一四円の損害を蒙ったのであるが、右同人の不注意を考慮して過失相殺をした結果、その八割にあたる一、二五二、八九一円について控訴人らに対し損害賠償請求権を取得したとすべきであるところ、前記のとおりその後金四二七、四一四円の自賠責保険金の給付を受けていることを自認しているので、これを控除すると、結局後記弁護士費用を除いて金八二五、四七七円について、なおその賠償をうけていないということとなる。」を加え、四行目「(一〇)」を「(十一)」に、同行中「一五〇、〇〇〇円」を「八二、〇〇〇円」に、六行目中「一、一三八、七〇〇円」を「八二五、四七七円」に、五四枚目表二行目中「一五〇、〇〇〇円」を「八二、〇〇〇円」に改める。

二  以上のとおりであるから、控訴人両名は各自被控訴人に対し、本件事故に基づく損害賠償として、金九〇万七、四七七円及びこれに対する右控訴人ら宛訴状送達の翌日以降であることが記録上明らかな昭和四六年一一月一〇日から民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があり、被控訴人の控訴人らに対する本件請求は右の限度でこれを認容し、その余をいずれも棄却すべきである。しかるに、原判決は右認容すべき正当の限度を超えて被控訴人の請求を認容しているので、右限度を超える部分を取消して請求を棄却し、その余を維持すべきである。したがって、本件控訴は右一部取消の限度で理由があるが、その余は理由がなく棄却を免がれない。

よって、その関係を明らかにするため原判決を変更し、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を被控訴人、その余を控訴人らの連帯負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 舘忠彦 安井章)

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